いつの間にか見失う。
食っていけるか、とか、
食っていけない、とかじゃなくて、
その想いが
誰かの希望に繋がるという事の素晴らしさ。
或る日、好きなことを続けるのに、好きだからという理由以外いらない。そんな言葉を見つけました。
ある種の人間にとって創作は、排泄や呼吸に近いものがあります。思うようにそれができないと非常に苦しい。
僕はこんな駄文を何十年も産み続け、中原中也でいうところの「月夜の浜辺」のボタンのようにずっとポケットにしまいつづけてきました。
最近、米津玄師さんの『ゆめうつつ』を聞き、誰かと繋がりたいと、ブログを初めようと思うようになりました。